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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1484号 判決 1971年8月17日

控訴人 和歌山相互銀行

理由

一、控訴人が相互銀行の業務を行う会社であること、別紙一覧表記載《省略》の(1)ないし(4)の各記名式定期預金(各期間三ケ月、利率年四分)が控訴銀行に対しなされていることは当事者間に争いがない。

二、被控訴人中山は別紙一覧表(1)ないし(3)の各預金につき、また被控訴人坂井は同(4)の預金につきこれを自己の預金であると主張し、控訴人は、右各預金は控訴銀行梅田支店が訴外柳川組または梅本昌男に対する貸付をなす際、これに見合うものとし右梅本昌男から受け入れた預金の一部であり、被控訴人らは預金者ではない旨争うので、以下この点について検討する。

《証拠》によれば、控訴銀行の昭和四一年六月当時の経営規模は、資本金八、〇〇〇万円、資本準備金一億円程度であつたこと、当時の控訴銀行梅田支店長岩中賢次は、暴力団柳川組員梅本昌男に脅迫され、昭和四一年三月二三日頃から同年六月一五日頃までの間に、数十回にわたり右柳川組経営の訴外大建工商株式会社等に合計二億六、〇〇〇万円に及ぶ手形、小切手の過振り、当座過振り等による貸付をなしたが、控訴銀行においては大口貸付の限度も二、五〇〇万円に制限されている状況であつたことから、その頃右梅本の勧めで右貸付の収拾策として右梅本の意を受けた訴外笛田治作らの勧誘した預金者から右貸付に見合う預金を受け入れることとなつたこと、なお、右預金については、前記岩中は担保権の設定を希望していたが、梅本らに拒否され実現しなかつたこと、被控訴人中山は金融業を営んでいるものであるが、右笛田治作とは古くからの知合いであつたことから、同人より控訴銀行に右預金をなすことを依頼され、後記のように、自ら控訴銀行梅田支店に預金したほか、預金者の確保にあたり、合計四、〇〇〇万円程度の預金を集めたが、右預金についてはその都度訴外笛田に連絡し、訴外梅本から右笛田を通じ日歩五銭五厘の裏利息の支払がなされ、被控訴人中山は前記笛田との約定でそのうち日歩五厘相当額を同人に交付し、預金者に対しては日歩四銭五厘の利息を支払つていたこと、しかし、同被控訴人は右梅本とは面識がなく、また控訴銀行の大建工商等に対する貸付の経違についてもこれを認識していなかつたこと、本件預金も右による預金の一環としてなされたものであるが、被控訴人中山は昭和四一年六月一日自ら控訴銀行梅田支店の預金窓口に赴き、子供の結婚準備資金として手許においていた金員等同人所有にかかる金三三〇万円を三口に分け、いずれも架空名義を用いて別紙一覧表(1)ないし(3)の定期預金として預金し、定期預金証書三通の交付を受けたこと、そして右証書三通と届出印鑑を現に所持していること。また、右と同時に、被控訴人坂井から預金方依頼された金一〇〇万円を同人名義で別紙一覧表(4)の定期預金として預金し、交付された定期預金証書を日歩四銭五厘の裏利息と共に同人に引渡したこと、被控訴人坂井の右定期預金は、同人が被控訴人中山の勧誘により、有利な裏利息が得られることに心を動かされ、被控訴人坂井名義の預金三〇万円、その夫恒雄名義の預金七〇万円を担保に他の金融機関から金一〇〇万円を借り受け、夫の了解も得たうえ印鑑と共に被控訴人中山に預けて本件定期預金を依頼したものであつて、被控訴人坂井は、同中山から引渡された定期預金証書および届出印鑑を現に所持していること、なお右預金の際使用した坂井温恵の名称は被控訴人坂井が平素から自己の通称として使用しているものであること、訴外梅本は訴外笛田から、預金者、預金額の連絡を受けるや、逐一控訴銀行梅田支店長の岩中に知らせていたことがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件各定期預金は訴外大建工商株式会社等に対する控訴銀行梅田支店の不当貸付に関連してなされたいわゆる導入預金であつて、別紙(1)、(2)、(3)の定期預金については被控訴人中山が架空名義で出捐し、また同(4)の定期預金については被控訴人坂井が自己の通称名義で出捐したものであることが明らかである。

もつとも、前記《証拠》によれば、本件預金当時控訴銀行梅田支店長をしていた訴外岩中賢次は、本件預金はその都度訴外梅本昌男から預金額等の連絡があつたので、梅本または柳川組の金を預金したものと考えていた旨述べているが、他方右《証拠》によれば、同人は、本件預金が大建工商株式会社等に対する合計二億六、〇〇〇万円にも及ぶ手形・小切手の過振り、当座過振りによる導入預金の一環としてなされたものであることを知悉して受入れたものであり、その頃梅本や柳川組に多額の預金をする資金的余裕があるとは考えられないことが認められ、そのような諸事情を考え合せれば、《証拠》中、右岩中が梅本または柳川組の金を預金したと思つた旨の供述記載部分はたやすく信用することができない。

ところで、架空名義による記名式定期預金については、不特定多数人を対象とすることから預金者の個性が殆んど問題にされず、また迅速かつ定型的に処理されることが要請される銀行等金融機関の窓口業務の性質上、預入れに際し預金者の確定のための調査を通常行わない預金契約の実態に則して考えれば、預金者の認定に際しては当該預金の目的たる経済的利益の出捐関係を最も重視すべきであり、これを中心として当該預金契約に際し表示された当事者の意思、すなわち自己の預金とする意思で自らまたは代理人等を通じて預入れたものかどうか、預金証書、届出印鑑の所持関係等をも考慮して実質的な預金の支配者を確定し、これを預金者と認定するのが相当である。これを本件についてみるに、前記認定のように、被控訴人中山は別紙一覧表(1)ないし(3)の定期預金について架空名義を使用したものであるが、いずれも自己出捐の金員を自ら預入れ、定期預金証書とその届出印を所持している者であるから、右預金の実質的な支配者、すなわち預金者と認めるに十分である。また、被控訴人坂井は別紙一覧表(4)の預金につき、同人出捐にかかる金員を被控訴人中山に手交して預入れ手続を委任したものであり、被控訴人中山は預入れに際してはこれを被控訴人坂井の通称をもつて、同人の預金として預入れ、交付された預金証書を直ちに同人に引渡しており、これによれば、右(4)の預金者は被控訴人坂井であると認めるのが相当である。

なお、前記認定のとおり、梅本は本件預金の都度、岩中に預金額等の連絡をしていたのであるが、それのみで、直ちに預入れに際し梅本または柳川組が預金者であることを示す行為があつたものと認めることは困難であるから、本件預金が梅本または柳川組の預金であることの意思表示があつたものと認めることはできず、他に前記認定に反する証拠はない。

三、そこで、控訴人主張の抗弁について検討する。

(1)  控訴人は、まず本件預金契約は強行法規に違反し無効である旨主張する。前記認定のように、本件定期預金は訴外梅本らの介入による導入預金の一環としてなされたものであるところ、被控訴人らは右預金に見合う融資を受ける者が具体的に誰であるかについては認識していなかつたものの、それが特定の第三者が融資を受けるについての導入預金であることは認識していたものであり、一定の裏利息による利益の取得を意図して本件預金契約をなした被控訴人らの所為は、預金等に係る不当契約の取締に関する法律第二条に違反する疑いがあるものといわなければならない。しかし、右法律は金融機関の行う預金の受入れに関連して、これに裏付けられない不当貸付が行われ、金融機関の信用度を低下させることを防止し、ひいては一般預金者を保護することを目的として制定された政策的な取締規定であり違反者に対しては刑罰が課せられるが、右規定に違反する預金契約の私法上の効力まで否認する趣旨ではないと解されるから、控訴人の主張はこの点において既に理由がない。

(2)  次に、控訴人は、被控訴人らの本件預金行為は訴外梅本の恐喝行為に加担した不法行為であり、控訴人はこれにより右預金と同額の損害を蒙つているので、右損害賠償債権をもつて被控訴人らに対する本件預金返還債務と対当額で相殺する旨主張する。しかし、前記認定のとおり被控訴人らとしては本件預金がいわゆる導入預金であることを認識していたものの、それが訴外梅本の恐喝行為と関連のあることは全く知らなかつたものと認められ、従つて、被控訴人らが訴外梅本の恐喝行為に加担したものでないことは明らかであるから、本件預金行為は何ら不法行為を構成するものではなく、控訴人の主張はその前提において失当といわなければならない。

四、右のとおりであるから、控訴人は被控訴人らに対し、本件各定期預金元金およびこれに対する原判決別紙(二)記載の年四分の割合による三ケ月間の約定利息の合計金のうち被控訴人中山については金三三二万九、七〇〇円、同坂井については金一〇〇万九、〇〇〇円を支払う義務のあることは明らかである。そして、被控訴人らは、さらに右元金(被控訴人中山金三三〇万円、同坂井金一〇〇万円)に対する各支払期日の翌日である昭和四一年九月二日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるのであるが、定期預金はその性質上取立債務であるから、期限の到来だけでは履行遅滞とはならず、預金者が定期預金証書を呈示して履行の請求をしてはじめて遅滞の責任を生ずるものであるところ(商法第五一七条)、《証拠》によれば、同人はその支払期日である昭和四一年九月一日に、また、《証拠》によれば、同人はその支払期日の翌日である同月二日に、それぞれ控訴銀行梅田支店に赴き、所要の手続きをして本件預金の払戻を請求したことが明らかである。したがつて、控訴人は被控訴人中山正雄に対しては右九月二日から遅滞に陥つたものであるから、右九月二日から遅延損害金の支払を求める被控訴人中山正雄の請求は理由があるが、控訴人は被控訴人坂井春子に対しては九月三日から遅滞に陥つたものであるから、九月二日からの遅延損害金の支払を求める被控訴人坂井春子の請求は一部失当で、九月三日からの遅延損害金の支払について認容すべきものである。

五、よつて、被控訴人中山正雄の本訴請求を右認定の限度で認容した原判決は相当であつて、同人に対する本件控訴は理由がなく棄却すべきものであるが、被控訴人坂井春子に対する本訴請求は、なお右の限度において理由がなく、これをも認容した原判決は失当である

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 上田次郎 弘重一明)

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